フリーエリア
 今朝、いくつか知らないブログ覗いてたら偶然にも、こんなサイトに行き着いてしまいました。あの有名な乙武洋匡のサイト
何と・・・炎上の真最中ではないか。実世間でもネット上でも、火事場には人が集まりやすいようだ。
 天皇家の慶事という、国民最大の関心事に対し、不用意に、しかもあんなユルいテンションで噛み付くとこんな憂き目にあうということか。しかし、普通の人のブログなら、こんなに激しく炎上することはなかったのだろう。
彼にとっては不幸なことに、彼の身体的な特性が、まるで燃焼促進剤の如く作用し炎上が爆発的なものになってしまっている。
 また、すぐにあっさり謝罪してしまったのもまずかった。どう控えめに見ても火に油を注ぐ結果になっている。
 
 しかし、こんなにボロクソに叩かれて、トラウマになったりしないのだろうか。

 母屋の炎上もなかなか読み応えがあるが、炎上にTBする以下の二つのブログのエントリーについて感想。

 最初はこれ。

  溶解する日本http://blog.satohs.jp/200609/article_62.html

 実は最初にこのブログで乙武のサイトの炎上を知った。
 随分辛らつな意見だが、目にとまったのは、最後の部分。間接的な言い回し、「君の問いと僕が掲げた仮説の問いの根底にある」で結論をボカして少し解りづらくしてあるのだが、これが案外ファイアーウォールになっているのかも。
 乙武クン、今後ブログを炎上させたくないのなら、このボカす文章表現上のテクニックも覚えましょうね。

 もう一つはこれ。
 切り込み隊長BLOG
 http://column.chbox.jp/home/kiri/archives/blog/main/2006/
09/09_034408.html

 
 読んでて思わず笑ってしまった。乙武クンには申し訳ないのだが。
 しかしこうなると、ダンマリを決め込んで自然鎮火を待つしかないのでしょうな。



 株式の投資スタイルは,当然の如く人によって違う。千差万別といってもいいのかも知れない。しかし最も基本的な見地から大別するなら、長期投資と短期投資だろう。
 私の場合は、勤め人なので時間的な制約もあり中長期の投資スタンスになってくる。短期投資、特にデイトレをやってる人のサイトを見ると、基本的には株で生計たてているのだろうから、随分大変だと思う。
 「世捨て人の庵」というサイトがある。この人「AZUMA」さんが去年から株式投資を始めている。デイトレで勝ち続け安定した収入を稼ぎ出せるトレーダーへの道のりの険しさを感じさせる。
 しかし私は、この人が株を始める以前からこのサイトをよく訪れていた。
 ―50才でリタイアして自由人に、人を使わず、人に使われない人生を目指して―
 私のあこがれる生き方ではあります。もちろん現実には、手の届かない生き方でもありますが。歳もほぼ同年代ですし、辛口の世評も結構楽しませてくれます。
 株式投資は、ゼロサムゲーム。自分が利益を得るには、その分誰かに損をしてもらわないといけない、という非情な世界だ。
しかし、この人「AZUMA」の健闘を祈っております。ハイ・・・。



このブログで家出犬公開捜査をやったウチの柴犬・・・。
何と5日後にひょっこり帰ってきた。出て行った時よりも少し痩せているようだ。過去2回の逃亡では、県の野犬保護施設に捕獲されたのだが、今回は自力で舞い戻ってきた。悪運の強いヤツだ。

iedeken2.jpg

     悪運の強い犬
 
 最近は、あまり散歩にも連れて行かなかったので、正直言ってもう戻ってはこないだろうと思っていた。だから無理には探さないつもりだった。
 きっとコイツは自由になりたかったんだ。だから、自由を求めて、ワンバヨ(アバヨ)!!と捨てゼリフでも吐いて、出て行ったに違いないと思っていたのだ。

 自由に生きるのも楽じゃないってことに気がつたか!

 鎖に繋がれていても、帰巣本能は失っていなかったようだ。と言うワケで帰巣本能について調べてみようと思い、yahooでワード検索をかけてみたら、犬じゃなくて、酔っ払いの帰巣本能について書かれているサイトの多いこと。私は動物の帰巣本能について調べてみかったのに。いまさら酔っ払いの帰巣本能など調べなくても、自分の身体でイヤになるほど体験済みだ。

 ウチの職場の同僚は、飲みに行く時、メモリ機能付きの万歩計を持って行くのだそうだ。翌日そのデータをパソコンに落とし込み、歩いていない時間帯をチェックする。それで、覚えていなくても、何店ハシゴし、何時に店に入り何時に出たのか解るそうである。
 近頃は酔っ払いもハイテク化してるようだ。
 しかし何処の店に行ったのか解らない以上、そんなデータもあまり意味はないと思うのだが、ああも自慢げに話されると、つい迂闊にも、へぇ、と感心してしまう。

 自分では半年ぶりに寄ったつもりの飲み屋で、ママから、「○○さん、おととい、だいぶ酔ってたね」と言われた時の情けなさ・・・。
 家出犬が帰ってきた話の筈が酔っ払いの愚痴になってしまった。

 こんな飼い主だから、アイツも何度か愛想つかして出て行ったのかも知れぬ・・・。

 




 たしかに昨日あたりから、すこし変だと思ってはいた。右足の甲がじくじくと痛む。それでも息子のサッカーの大会があったので、試合を観戦していた。
 夕方、家族4人で食事へ出かけた。その頃には少し痛みも強くなっていた。
 その時私は思っていた、ああ、ひょっとしたら痛風始まるかなと。
 にも関わらす私は、生ビールをジョッキ2杯も飲んでしまった。夜中午前零時過ぎあたりから、痛みは徐々に激しくなって、朝には他って歩くこともできない状態になった。

 仕事も休むハメに。今病院から帰ってきたところだ。朝、妻に痛風の発作がでたことを話すと、「あれ、まぁ」と一言ってさっさと仕事に出てしまった。

 ほんとうこの病気ほど他人から同情されない病気はない、と改めて痛感した。



ゴールデンウィークの話だ。久しぶりに家族旅行で、花巻温泉に行った。花巻と云えば、宮沢賢治。当地は、宮沢賢治の記念館もあり、観光名所となっているようだ。
 ただ一人の(と言っては失礼かもしれないが)文学者でこれほどの観光名所、村おこしになるのですね。しかし、花巻は温泉だけでも最高の観光地だと思います。ああ、露天風呂よかったな。
 それに、なんとこの時期に桜が満開でした。

花巻 満開の桜

    温泉地の満開の桜

 
 宮沢賢治で私が読んだのは銀河鉄道の夜の夜くらいだ。
 幻想的、というよりも夢想的と形容したほうがいい作品なのでしょうか。
 宮沢賢治は、羅須知人協会なるものを設立して、農民の啓発に努めたようだ。おそらく、作風だけではなく、実生活においても夢想的な理想主義者的傾向は強かったのでしょう。

 岩手には、一人の文学者で観光名所となったのではなく、一つの著作によって観光名所になった所もあります。そう、遠野です。もし時間があれば、遠野まで足を延ばしてみようと思っていた。
 学生時代に読んだ「遠野物語」。印象深い著作だった。私はこの著作を民俗学の著作というより、ほとんど文学作品として読んでいた。

 奥深い山々に広がる怪異の世界が、日常の生活と何の境界もなく渾然一体となって人々の生きる現実を包み込んでいる。
 それは、今、私たちが生きている日常とは、およそかけ離れたものなのかもしれない。

  この書物を私が読んで感じるのは、さまざまな怪異現象によって、異界へと通ずる自然へ人々が抱く畏怖の念だ。そして、このような、ほとんど一種の信仰に近い、原初的な恐怖感こそが現代人から失われたものではないだろうか。
 アニミズムのような原始宗教の信仰の根底にはこうした、自然への原初的な恐怖感が存在するのではないかだろうか。



しかし、遠野は私が本で読んだイメージとは違っていた。私のイメージしていた東北の厳しい自然の懐に抱かれた奥深い山村は、今では、賑やかな観光地となっていた。
遠野の町並み

     遠野の町並




無料カウンター