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北朝鮮の核実験

 北朝鮮が六ヶ国協議に復帰した。今度は核爆弾の再実験という脅迫状を懐にしのばせながら。
 前にこのブログで北朝鮮の核実験を不可逆的な暴走だなんて書いてしまったが、条件を小出しにして揺さぶりをかけてくるしたたかさは相変わらず健在のようだ。
 「無条件」に復帰する、と言っているが、その「無条件」さえをも一種の条件にして、米国から制裁解除の作業部会を設置するとの条件を取り付けてしまった。しかも核爆弾の再実験という選択肢も残したまま。つまり実際には北朝鮮は何一つ譲歩していない。
 そしておそらく、北朝鮮は核兵器の開発を放棄する気など全くない。

 米国が北朝鮮の体制崩壊に慎重な姿勢をとっているのは、体制崩壊による北朝鮮の第二のイラク化を懸念しているからだ、という報道記事を以前読んだことがある。しかし、それは北朝鮮がミサイル発射と核実験を強行する以前のことだ。
 おそらく米国にとって、北朝鮮の第二のイラク化よりもNPT体制の崩壊のほうがはるかに容認し難い事態だろう。

 北朝鮮の六ヶ国協議への復帰は、「赤飯を炊いて喜ぶような話じゃない」のは無論だが、近隣に核を保有する敵対国家が存在する日本の危機感とNPT体制の崩壊をも危惧する米国の危機感は、軸足の位置も微妙に違うのかもしれない。


 日本の核保有議論

 中川政調会長と麻生外務大臣の核保有議論を肯定する発言が問題視されている。民主主義の原理原則の立場から、あらゆる言論の自由は、保障されるべき、従って核保有の議論もその例外とすべきではない、という趣旨の発言であるならば、全くの正論だ。

 しかし両者の発言には、そうした民主主義の原理原則からさらに一歩踏み込んで、そうした議論の必要性をも積極的に容認していると受け取れる内容となっている。
 自民党の国対委員長が、火消し役に回っているようだが、一度燃え上がった議論はもみ消せばそれで済むというものでもないだろう。ブログの炎上とは訳が違う。
 私自身は核保有には反対なのだが、核武装について議論することを恐れる必要も全くないと考えている。

 だが、核保有に賛成する人々は,もし日本が核を保有すれば、東アジアを起点としてNPT体制が崩壊することになる、という危険性を秘めているという現実をどう受け止めるのだろうか。
 日本も自前で核の抑止力を持てば日本の安全保障体制は強化されると考えているのだろうか。

 しかし、それは幻想に過ぎないかもしれない。核の抑止力が明確に機能するのは、NPT体制が存続し、核保有国間に軍事的政治的なパワーバランスの均衡が存在している時だけだ、と私は考えている。つまり核の抑止力自体も極めて危うい均衡の上に成り立っているものなのだ。

 もし仮に日本や韓国が核保有国となったのをきっかけにNPT体制が崩壊し核の拡散が進行すれば、核の抑止力機能自体も急速に弱体化していく、ということは考えられないだろうか。
 そして日本が核を保有した際には、その抑止力も期待した程の効果はない、というような事態になっている可能性はないだろうか。
そう、たとえ将来、日本が核を保有出来たとしても決して「赤飯を炊いて喜ぶ」ような話ではないのだ。

 そして核の拡散が多数の国家のみならずテロリストにまで及んだ場合、核抑止力を支える前提となっている保有国同士の軍事的政治的なパワーバランスというフィールド自体が消滅することになる。
その時、最悪の事態が訪れるかも。
核兵器の通常兵器化という忌まわしい事態が・・・。

 自国の安全保障は勿論何にもまして重要だし、核保有の議論も決して忌避する必要はないと思うが、主要なポストに就く政治家ならもっと世界的な視野に立って慎重に議論を進めて欲しいものだ。





テーマ:日本の核保有
ジャンル:政治・経済
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この記事へのコメント
こんにちは。
足跡残していただきまして、ありがとうございます。
読みやすいブログ、素晴らしいですね。
これからも、度々訪問させていただきます。
よろしくお願いいたします。
2006/11/09(Thu) 21:54 | URL  | nankurukuru #-[ 編集]
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