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昭和天皇のA級戦犯発言について。
昭和天皇がA級戦犯を忌み嫌うのも解らぬ話ではない。A級戦犯者達の背後には“天皇の戦争責任”という忌まわしい亡霊がとりついているのだから。


秋田の殺人事件。次々と犯人の新しい供述が報道される。その都度、専門家や識者から動機についていろいろなコメントが報道される。
犯人の動機が実に不可解な事件なのだが、最近の殺人事件ではそれもめずらしいことではないだろう。特異な殺人事件のほうがむしろ常態化しているのだ。

Yahooのニュースでは、犯人が人格障害者であるという専門家の指摘が流されていたのだが、それで結局、何が説明できたと言うのだろうか。
逮捕された当初から演技性人格障害という推測は当然あったのだろうが、この異常な殺人の動機につて、それは彼女が異常な人間だからだ、と言っているのとあまり変らないわけで、ただ「異常な人間」を「人格障害者」に置き換えただけじゃないかと、ついひねくれた考えに走ってしまう。

また、こうした識者のコメントによって犯罪と人格障害の関係性が過度に強調されるのも問題だ、という意見も当然出てくるだろう。
それに昨今、蔓延している(と私には思われる)母親の子殺し、虐待がすべて人格障害で片付けられては、これまた身も蓋もない話だ。

昔から父親殺しは文学的に普遍的なテーマで、ギリシャ悲劇のオイディプス王 / ソポクレス、ドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟 上 新潮文庫 ト 1-9 / ドストエフスキーが有名だ。
またフロイトは、その著作「トーテムとタブー」においてトーテミズムの起源を太古に行われた父親殺し(原父殺し)に求めている。
しかし母親による子殺しには、そういった普遍的なテーマ性はないのだろうか。
そんなことを考えるのは、昨今の母親の子殺しや虐待が、私の眼には人格障害者の凶行というよりも、母性本能の崩壊のように映ってしまうからだ。

日本の社会が、父性原理を喪失しているとは、よく聞く話だ。しかし、もし母性本能の崩壊といったものが、実際に日本の社会において広範に進行しているとしたら、父性原理の喪失などよりも遥かに不気味な現象だ。もしそんな現象が本当に発生しているのなら、なのだが。

しかし、フロイトの「トーテムとタブー」は、昔読んだ書物なのだが、大変興味深い内容ではあった。ただし疑問もあるのだが。それはまた後日、別に書いておこうかな。




コメント
この記事へのコメント
 コメント有難うございます。
 そうですか。そんなに減っているのですか。面白いデータですね。多分少子化を考慮にいれてもやはり減少しているのでしょうね。
 現在では犯人は身内が多いだろう、というのは最近の事件報道見ればある程度察しがつきますが、最近は性的なもの、あるいは殺人自体に快楽性が感じられるもの、いろいろとほんとにイヤな殺人が多いですね・・・。
2008/02/09(Sat) 13:02 | URL  | utaki #-[ 編集]
子殺しは減ってます
子殺しは激減している。
http://kangaeru.s59.xrea.com/G-baby.htm
既婚女性が最も気にする子供殺しは昭和50年には約500件だったのが現在は約100件に減少。
しかも現代の子殺しの犯人はほとんどが親や身内で他人が犯人のケースは年間10件程度です。
2008/01/09(Wed) 18:53 | URL  | はねだ #-[ 編集]
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