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日銀が役員の金融取引の禁止と総裁、副総裁の資産公開を義務付ける内規の骨格を決定した。
事態が収拾の方向に向かうかは流動的で総裁の株取引が決着に向かうかも不透明。マスコミの報道ではそんなところか。
しかし、もし株取引を全くやったことのない人、つまり株式投資や市場の動きなどの現実の実体経済に全く興味や関心を示さない人が総裁になっていたらどうなるのだろう。
それよりは自分でも株取引の経験があって、株式市場の持つ独特のメンタリティを体感できている人が、金融のカジトリをしたほうがいいのでは、と思うのだが。
日銀の内規見直しにより、すぐに決着はつかないにしても、いずれこの問題に対する国民の関心は急速に薄れていくだろう、それも思いの外早く。と私は思っている。
連日テレビや新聞雑誌を賑わすこの事件も、マスコミが報道する、国民がこれに過剰な関心を示す、それに対しマスコミの報道がさらに過熱する、
といったプロセスを円環的に繰り返す一種のスパイラル現象がおきている。
しかし往々にして、この種の問題で国民がマスコミに対して求めているのは、実はこの問題そのものの報道ではなく、より刺激的な話題を探し出して提供して欲しいだけなのだ。退屈するのはいやだ、だからより刺激的な話題を、という訳である。
村上氏が逮捕され、今度は、福井総裁の株取引問題が、マスコミの表舞台に衝撃的に飛び出してきた。これに国民が一斉に飛びついた。しかし、この種の事件は、鮮度が落ちるのも結構早い。
さらに鮮度の高いより刺激的な話題が見つかれば、国民の関心は一気にそちらの方向に向かうだろう。
そしてその時、福井総裁の株取引問題はあえなく賞味期限切れとなる。
そうなればあとは、福井総裁が辞任しようがしまいが、そんなことは国民にとっては、もうどうだっていい事なのだ。
福井総裁への巷の批判にはどこかワイドショー的なに匂いがぷんぷんしている。つまり、この問題に対する世間の関心や非難には、当初から三面記事的な要素も結構強かったのではないだろうか。
私は、前の記事で福井総裁辞任すべしと云う主張にはルサンチマン的な反感が潜んでいる、と書いた。福井総裁を引きずり落として辞任に追い込んでしまえば、溜飲は下がる。その後はと言えば、もう誰もそんな問題などに興味を示さなくなるだろう。もうどうだっていい過去の話題になってしまうのだ。
もし福井総裁が辞任したとして、一般の人々の中に、これで日本の金融システムの公正さと客観性が保たれた、と心底から喜ぶ人間が一体何人いるのだろう。
ほとんどいない、それが私の予想だ。
事態が収拾の方向に向かうかは流動的で総裁の株取引が決着に向かうかも不透明。マスコミの報道ではそんなところか。
しかし、もし株取引を全くやったことのない人、つまり株式投資や市場の動きなどの現実の実体経済に全く興味や関心を示さない人が総裁になっていたらどうなるのだろう。
それよりは自分でも株取引の経験があって、株式市場の持つ独特のメンタリティを体感できている人が、金融のカジトリをしたほうがいいのでは、と思うのだが。
日銀の内規見直しにより、すぐに決着はつかないにしても、いずれこの問題に対する国民の関心は急速に薄れていくだろう、それも思いの外早く。と私は思っている。
連日テレビや新聞雑誌を賑わすこの事件も、マスコミが報道する、国民がこれに過剰な関心を示す、それに対しマスコミの報道がさらに過熱する、
といったプロセスを円環的に繰り返す一種のスパイラル現象がおきている。
しかし往々にして、この種の問題で国民がマスコミに対して求めているのは、実はこの問題そのものの報道ではなく、より刺激的な話題を探し出して提供して欲しいだけなのだ。退屈するのはいやだ、だからより刺激的な話題を、という訳である。
村上氏が逮捕され、今度は、福井総裁の株取引問題が、マスコミの表舞台に衝撃的に飛び出してきた。これに国民が一斉に飛びついた。しかし、この種の事件は、鮮度が落ちるのも結構早い。
さらに鮮度の高いより刺激的な話題が見つかれば、国民の関心は一気にそちらの方向に向かうだろう。
そしてその時、福井総裁の株取引問題はあえなく賞味期限切れとなる。
そうなればあとは、福井総裁が辞任しようがしまいが、そんなことは国民にとっては、もうどうだっていい事なのだ。
福井総裁への巷の批判にはどこかワイドショー的なに匂いがぷんぷんしている。つまり、この問題に対する世間の関心や非難には、当初から三面記事的な要素も結構強かったのではないだろうか。
私は、前の記事で福井総裁辞任すべしと云う主張にはルサンチマン的な反感が潜んでいる、と書いた。福井総裁を引きずり落として辞任に追い込んでしまえば、溜飲は下がる。その後はと言えば、もう誰もそんな問題などに興味を示さなくなるだろう。もうどうだっていい過去の話題になってしまうのだ。
もし福井総裁が辞任したとして、一般の人々の中に、これで日本の金融システムの公正さと客観性が保たれた、と心底から喜ぶ人間が一体何人いるのだろう。
ほとんどいない、それが私の予想だ。
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