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 元厚生時間襲撃事件の容疑者が、新聞社に送りつけたと見られているメール。読売、朝日がネットで公開したメールは全く同じ文面のようなので多分本人が送りつけたのは間違いないのだろう。
 また、この人、自首も最寄りの交番や警察署ではなく、わざわざ警視庁本部に出向いて自首したらしい。
 やはり社会や世間の注目や関心を集めたいという願望がこうした行動となって現れてくるのだろう。
 で、秋葉原事件との比較、類似性がテレビでも頻繁に言及されているがその点については共通しているのだろう。

 近頃は政治だけじゃなく犯罪も劇場型になってきたようだ。
 
それにしても、事件の容疑者が逮捕される度にその親へのインタビューが必ずテレビで報道される。親の方も、何故あんなぶしつけな取材に応じるのか。不思議に思う。多分取材の方も随分しつこいのだろう。

 過剰に露出的な報道により、犯罪さえもが氾濫するメディアの商品と化し消費されている。テレビの報道を見ていると、ついそんな感覚に襲われてしまう。だが、それは結局、視聴者一般の人々が欲しがっているものなのだ。
 そして日本の社会や家族の深い変質には誰も興味がない。 

 彼らの社会に対する敵意と憎悪がどういう来歴のもとに蓄積されたのか。もちろん解らない。彼らが供述する殺人の動機も一般の社会通念とは著しく乖離している。

 殺すのは誰でもよかった。このテの犯罪では頻繁に聞く犯人の供述だ。小泉容疑者は元厚生次官を特定して狙った。だがそれも世間の注目や関心を集めたい、という願望が強く働いたのが一因であって、被害者個人にたいする殺意によるものではなかったと思う。

 要するに彼らは人が殺したかったのか、それとも犯罪者、反逆者になりたかったのか。殺人は、犯罪者、反逆者になるための手段に過ぎなかったのか。

 結果、彼らは犯罪者として、社会への反逆者、復習者として、逆説的ではあるが、ある有意な存在として社会に対峙することができるわけだ。
実にネガテヴながら、彼らは犯罪者、反逆者として社会に認知されるわけだ。
単なる落伍者として、社会から黙殺されるよりはその方がまだマシだ、というわけか。

 私は、彼らの犯罪に、何か歪んだ自己実現の願望を感じるのだ。
 そして、彼らの殺人の真の動機も、ひょっとしたらそこにあるのではないか。
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テーマ:政治・時事問題
ジャンル:政治・経済
コメント
この記事へのコメント
コメント有難うございます。
 たしかに今日の報道では背後関係の存在の可能性も指摘されているようですね。
 父親への手紙もいずれどこかのメディアがスッパ抜いてスクープになるのかもしれません。
 問題は命令に対し彼がどこまで主体的な意思で従ったかということです。一方的な脅迫によって彼が強制されたのなら、そこに彼の意志は存在しない。完全な操り人形ということになります。
 しかし、その命令に彼が多少なりとも主体的な意志と決断に基ずいて従ったのなら、やはり彼には彼なりの動機はあったのでは、と思うのです。
2008/11/25(Tue) 19:25 | URL  | utaki #-[ 編集]
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2008/11/25(Tue) 00:31 |   |  #[ 編集]
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