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果たして教科書検定問題は、決着したのか、していないのか。29日の琉球新報の報道なのだが。
県民大会実行委員会での文部科学省による訂正申請の承認に対する意見や評価の食い違いがかなり露呈している。
記者会見において訂正の承認の評価について、委員長と副委員長か異なる見解を述べたようで、こりゃ完全に二人羽織状態。
でも「超党派だから」という訳で実行委員会も当面存続し、年明けに軍強制の明記を認めるよう要請行動を行うことになった。
まぁ自民党としては、解散総選挙を直近に控えてるから、中央とこれ以上事を構えるようなことはしたくない、って気分も多少はあるんじゃ、とついヒネッた見方もしたくなるところではある。
だが、実行委員会全体としては、教科書問題はまだ終わっていない、終らせてたまるか、というスタンスになってきているのだろう。
これまでの経緯を見る限り、現実的にはこの辺がせいぜいの落としどころなのかな、という気もしたのだが、実行委員会としては、ここであっさりと幕を下ろして解散してしまっては、県民の反感を買う破目になりかねないしね。
検定意見にも検定意見の見直しにも政治的な意図や配慮が働いている以上、検定意見支持派、反対派双方とも簡単には幕引できない問題になってきたのかもしれない。
集団自決の記述訂正意見に関しては、係争中の訴訟も引き合いに出されたようだが、以前から私は民事訴訟と歴史考証は本来別物、という考えなので、裁判が原告、被告どちらが勝訴しようとも、判決が直接的に教科書検定の内容に大きな影響を及ぼすのは好ましいことではないと考えている。
集団自決の際、当時の守備隊長から直接命令があったという資料や確証は得られていない、というのが現在ではほぼ大勢の意見なのだろう。
しかし守備隊長から直接命令があったかなかった、という観点からのみ軍の強制の有無について判断するは、やや問題を単純化しすぎるのでは。
当時の軍部と住民の関係がどのようなものであったか、もしそこに軍と住民の間に主従の上下関係が成立し、一定の権力構造が形成されていたのなら、たとえ軍が強制はしていないと主張しても、自決に言及し、手榴弾も配布したのなら、住民の側からすれば殆ど強制や命令に近いものと受け取らざるを得ないのではないだろうか。
集団自決問題は戦時下という異常な情況における軍と住民の関係性の中で捉えなおさなければならず、一守備隊長個人が言ったか言わなかったかという次元で済ませていい問題ではないはずだと思うのだが。
死して虜囚の辱めを受けず。捕虜になったら、女は強姦、男は八つ裂き。
はたして軍は、強制はしていないと言うだけでなく、逃げて生き延びる、降伏するという選択肢も住民に示していたのか。もしそうでなければ軍に責任はないとは言ってはいけない。
何故なら、他の選択肢が与えられていない意見や要求など、結局は強制とほとんど変らないということだ。
要するに、これまでの文部科学省の教科書検定意見とある意味同じってことですね
県民大会実行委員会での文部科学省による訂正申請の承認に対する意見や評価の食い違いがかなり露呈している。
記者会見において訂正の承認の評価について、委員長と副委員長か異なる見解を述べたようで、こりゃ完全に二人羽織状態。
でも「超党派だから」という訳で実行委員会も当面存続し、年明けに軍強制の明記を認めるよう要請行動を行うことになった。
まぁ自民党としては、解散総選挙を直近に控えてるから、中央とこれ以上事を構えるようなことはしたくない、って気分も多少はあるんじゃ、とついヒネッた見方もしたくなるところではある。
だが、実行委員会全体としては、教科書問題はまだ終わっていない、終らせてたまるか、というスタンスになってきているのだろう。
これまでの経緯を見る限り、現実的にはこの辺がせいぜいの落としどころなのかな、という気もしたのだが、実行委員会としては、ここであっさりと幕を下ろして解散してしまっては、県民の反感を買う破目になりかねないしね。
検定意見にも検定意見の見直しにも政治的な意図や配慮が働いている以上、検定意見支持派、反対派双方とも簡単には幕引できない問題になってきたのかもしれない。
集団自決の記述訂正意見に関しては、係争中の訴訟も引き合いに出されたようだが、以前から私は民事訴訟と歴史考証は本来別物、という考えなので、裁判が原告、被告どちらが勝訴しようとも、判決が直接的に教科書検定の内容に大きな影響を及ぼすのは好ましいことではないと考えている。
集団自決の際、当時の守備隊長から直接命令があったという資料や確証は得られていない、というのが現在ではほぼ大勢の意見なのだろう。
しかし守備隊長から直接命令があったかなかった、という観点からのみ軍の強制の有無について判断するは、やや問題を単純化しすぎるのでは。
当時の軍部と住民の関係がどのようなものであったか、もしそこに軍と住民の間に主従の上下関係が成立し、一定の権力構造が形成されていたのなら、たとえ軍が強制はしていないと主張しても、自決に言及し、手榴弾も配布したのなら、住民の側からすれば殆ど強制や命令に近いものと受け取らざるを得ないのではないだろうか。
集団自決問題は戦時下という異常な情況における軍と住民の関係性の中で捉えなおさなければならず、一守備隊長個人が言ったか言わなかったかという次元で済ませていい問題ではないはずだと思うのだが。
死して虜囚の辱めを受けず。捕虜になったら、女は強姦、男は八つ裂き。
はたして軍は、強制はしていないと言うだけでなく、逃げて生き延びる、降伏するという選択肢も住民に示していたのか。もしそうでなければ軍に責任はないとは言ってはいけない。
何故なら、他の選択肢が与えられていない意見や要求など、結局は強制とほとんど変らないということだ。
要するに、これまでの文部科学省の教科書検定意見とある意味同じってことですね
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2008/01/02(Wed) 22:39 | URL | みんな の プロフィール #-[ 編集]
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