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私は、決して裁判の詳細や争点に熟知している訳ではない。しかし被告側の全面勝訴は正直いって意外だった。まぁ私自身は集団自決は軍の強制、関与はあったと思っているのだが。
 集団自決の裁判なのだが。
 
 私は以前から民事訴訟と歴史考証は別物、と考えていた。だから裁判の結果が教科書の記述に強い影響を与えるのは問題だ、と思っている。
 しかしだ、文部科学省の検定意見自体がこの裁判が係争中てあることを理由としてあげている以上、全く影響がない、というのも有り得ない話になってしまう。しかし、原告側は控訴の方針なのでこの問題はまだまだ続くわけだ。

 大体私には、教科書検定審議会が文部科学省の検定意見の追認機関に成り下がっているとしか思えないので、裁判の結果もさることながらそのあたりをもう少し是正して欲しいものだ。
 審議会がもう少し客観的で厳正な歴史考証の場として機能しなければならんのじゃないかと私なんかは思ったりするのだが。

 時勢や時の政権の影響により歴史教科書の記述が右から左へ、左から右へとコロコロ変わるというのでは、やりきれない。もういい加減、教育に政治を持ち込むのはやめろと文句を言いたくなるのだ。
 しかし恐らくいつの世にも教育は政治に利用され続けてきた。それは現在も全く変わらない、というだけの話なのかもしれない。
 集団自決に限らず、よく双方とも「この問題を政争の具に利用するな」と非難しあうのをテレビや雑誌で見かける。もう見慣れた、というか見飽きた光景なのだ。



 特に書きたいこともないのだが、チベットの独立運動でまたも中国が窮地に立たされるか、なんて考えるが、恐らく天安門事件のような大騒動にはならないのだろうと思う。
 アメリカを始め国際社会も多分今回の暴動にはかなり抑制的な態度をとるのだろうな、などと思っている。

  もはや中国はアジアの前近代的な巨大開発途上国などではない。政治的にも経済的にも言葉どおりの大国だ。
  だがやはりチベットの主権と人権にたいする抑圧的な政策は良くないのだろうと思っているが、youtyubeでこんなのを見つけたのでちょっと張ってみる。




 もちろん私はこの主張が全て正しいなどと思っているわけではない。だが欧米中心の世界観や価値感にたいする一種のプチ・アンチテーゼとして。日本では、グローバルスタンダードなんて言葉が横行しているが、結局は、欧米かよ、とツッコミを入れたくなるようなスタンダードではないんだろか、なんてつい考えたりして・・・。

 日本にも言及している。hokkaido, okinawa independenceだと・・・。
うーん、アイヌ人と琉球人はネイティヴって訳か。まぁ・・いいや。

 


 
 



  為替相場がついに100円切ったか。一時98円台までいったとか。ドルが世界の基軸通貨の座から滑り落ちる日が近いのかな。世界の金融市場の地殻変動みたいなものが始まっているのかな。
 で日本では次期日銀総裁が決まらない、という実に情けない騒ぎになっている。
 
 読売新聞の社説では、
 世界の金融市場の安定へ、各国中央銀行の連携が必要な時だ。
日銀総裁の空白は、許されない。

 
 で日経新聞の社説では

 総裁空席となれば、内外の金融市場などの混乱は避けられず、
国際社会での日本への信頼感が失墜しかねない。

 
 でも仕方ないじゃないか。国会が不同意なんだから。ねじれてても国会は国会なんだから。
 この騒動、マスコミの論調では主に民主党への風当たりが強いようだ。民主党の財務次官経験者の武藤氏では日銀の独立性が担保されない、との主張も日経新聞の社説では説得力がない、と批判されている。
 でも仕方ないじゃないか。今回の不同意は民主党の方針であると同時に国会の決定でもあるのだから。
 問題とすべきは、総裁不在を想定していない日銀法の制度的な不備ではないのか。
  
 武藤氏の経歴で日銀の独立性が担保できない、と民主党が言う以前に日銀総裁の任命には国会の同意が必要であるというシステム自体が日銀の独立性を制度的な面から担保している訳だから。 今回それが発動されたというだけの話じゃないか。
 国会が不同意である以上これが民意だと捉えるしかないじゃないか。
 だから福田総理はさっさと国会の同意が得られる候補に差し替えればいいだけの話じゃないか。それが民主主義なんだ。もともと代議制民主主義なんて、そんなに使い勝手がいいもんじゃないんだ、ってことじゃないのかな?結局は・・・。

 もちろん今回の不同意は国民の直接的な意志ではない、必ずしも国民が武藤氏の不同意を支持しているとは限らない、と考えることは十分可能だ。
 しかしそれを言ってしまうと結局は間接民主主義や代議制というものの本質的な欠陥に行き着くことになりはしないか。
 もともと間接民主主義や代議制自体が極めて迂回的な民意の反映方であり、必ずしも民意を正確には反映しない仕組みなのだから。

 読売のように、民主党を視野が狭いと非難するのも結構だが、だからと言って、国会の決定を軽視していいという訳でもあるまい。
 またこの程度の民意にしてこの程度の政治なのだ、と主張するのも下手をすれば民主主義そのものを否定することになりかねない。高かろうが低かろうが民意は民意なのだから。

 もともと民主主義はアメリカの大統領が他国への軍事介入をいとも簡単に正当化できるほど完全無欠な政治制度ではないと思う。
 民主主義にも欠陥はあるのだ。
 民主主義を政策実現のプロセス、という観点から捉えるならば、恐らく歴史上最も非効率的な政治制度なのではないだろうか。

 結局、民主主義は最上の政治を実現することには全く適さない政治制度であるが、最悪の政治的事態に陥ることを回避するのには非常に適した政治制度なのではなかろうか。



実を言うとこの時期、少しばかり忙しい。で、あまりブログの更新もしていないが、市場の方は少々波乱含みのようだ。
 日経平均が、再度一万二千円台に割り込むことも想定はしていた。この水準からさらに落ち込む、ということになれば、実に頭が痛いが、当面はこの水準で推移するというならまだ十分やれる体勢だ。

 円の対ドル為替相場の100円割れも現実のシナリオになってきた。
 今は非常に動きづらい。だが、日経平均がもう少し値を戻したら、TOPIXか日経平均連動型のETFで軽く売りを噛ませたらどうなるだろう、なんて考えているのだが。だが値を戻したら、と言うのがどの程度の水準を想定したらいいのか。
 まぁ、このあたりのロング、ショートの出し入れの加減や塩梅は、とても難しいのだろうな、きっと。それは今後の課題として。

 これまで現物取引だけでやってきた自分にとっては困難な局面だ。だがなんとかこの難局を乗り切らなければ!



テーマ:株式日記
ジャンル:株式・投資・マネー
 イージス艦あたご、世界最先端のハイテク戦艦のクセして、実にお粗末な前方不注意の衝突事故だ。もし民間の船舶なら、保険の支払いを完全に拒否されても文句言えないんじゃないの、と思いたくなるような実に無残な重過失じゃないか。

 で、防衛省の対応の不手際が連日報道されている。
隠蔽体質もさることながら、情報管理体制や危機管理能力にさえ疑問を持ちたくなってくる。実際、こんな体たらくで、有事の際の即応体制の構築や、緊急の作戦行動の展開が可能なのか、と少しばかりお寒い気分になってくる。
  自民党最強の防衛オタク、石破防衛大臣も、防衛省の情報伝達の混乱に振り回されて対応が後手後手にまわり、野党からは責任問題も浮上している。

だが、その前にこの人、今回の事件で責任追及できるほど防衛省内を掌握しきれていたのかな、なんて素朴な疑問も湧いてくる。
もちろんそれは、日本の官僚機構全体の病巣なのだろうが、今回の防衛省の事件への対応は単に官僚機構の弊害では済まされない問題でもある。
国家の存亡に関わる安全保障を担う機関の、情報管理や危機管理体制の不備なのだから、福田政権はもっと重大な危機感を持ってこの問題に対処していいように思う。野党も然り。
 有事なき自衛隊の内なる有事だ、位の感覚を持っても決して大袈裟だとは思わない。

 田原総一郎がnikkeiBPネットで防衛省の組織の問題を糾弾している。
  イージス艦衝突で露呈した防衛省の“危険な”体質

 いちいちご尤も、と言いたいのだが、ただ一箇所だけ少し違和感があった。次の箇所なのだが。



  さらに、今回のような事故が起きれば「一体自衛隊は何を守るために活動しているのだ」ということになる。本来、自衛隊が守るべきものは国民の命であるはずだ。国民の命も守れない自衛隊の存在理由とは何なのだ、という根源的な問題になる。

 え?「本来、自衛隊が守るべきものは国民の命であるはずだ」って?
 本当にそんなこと無邪気に信じてるの?田原サン。
 
残念ながら、自衛隊といえども本質は軍隊。軍隊は国民の命など守りはしないのだ。
 軍が守るのは、国家権力であり国家体制なのだ。国家体制の保全こそが軍の最大の任務であって、国民の命を守ることなどはその次。
 先の大戦、沖縄での地上戦においては、住民こそが最も多大な犠牲を強いられ、多くの住民の命が戦禍に散った。
軍は住民の命を守らない。それは多くの沖縄県民にとっては実に当然で解りきった事実でしかないのだ。




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