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 株式の投資スタイルは,当然の如く人によって違う。千差万別といってもいいのかも知れない。しかし最も基本的な見地から大別するなら、長期投資と短期投資だろう。
 私の場合は、勤め人なので時間的な制約もあり中長期の投資スタンスになってくる。短期投資、特にデイトレをやってる人のサイトを見ると、基本的には株で生計たてているのだろうから、随分大変だと思う。
 「世捨て人の庵」というサイトがある。この人「AZUMA」さんが去年から株式投資を始めている。デイトレで勝ち続け安定した収入を稼ぎ出せるトレーダーへの道のりの険しさを感じさせる。
 しかし私は、この人が株を始める以前からこのサイトをよく訪れていた。
 ―50才でリタイアして自由人に、人を使わず、人に使われない人生を目指して―
 私のあこがれる生き方ではあります。もちろん現実には、手の届かない生き方でもありますが。歳もほぼ同年代ですし、辛口の世評も結構楽しませてくれます。
 株式投資は、ゼロサムゲーム。自分が利益を得るには、その分誰かに損をしてもらわないといけない、という非情な世界だ。
しかし、この人「AZUMA」の健闘を祈っております。ハイ・・・。



泉総理が靖国に強行参拝しました。多分小泉総理にとっては、一度はやらなきゃ気がすまねぇ、ということだったのでしょう。なぜか、世間の反応にも、まぁ、やちまったもんはしゃぁない、てな雰囲気が漂ってます。
でも、中国は猛反発するだろうと思ったら、任期終了間近のせいか、意外とウスい反応だったようで。冷静だったと言うべきなんでしょうか。

 中国の対日政策も既にポスト小泉へとシフトしているのだろう。そしてその重責を担うはずの安部は、政権構想に憲法の全面改正を盛り込む意向を表明した。

すでに自民党は、新憲法制定推進本部なるものを設置して、新憲法草案なるものも出している。これがどの程度安部の意に適ったものかは知らない。
とは云え、憲法改正は自民党の結党以来の悲願でもあるわけだから、今度こそは、と悲壮な決意に燃えているかどうかは知らないが、かなり本気には違いないのだろう。

しかし、恥ずかしながら私は、自民党がこんなもの(新憲法草案)を世に出しているとは知らなかった。
だが、このブログだって結構遁世的な気分で書いているので、ホンネを言えば恥ずかしいなんて気持はさらさらない。もっと世間にアピールしろ!といいたくなるのだが、党のホームページを見ると一応パンフレットも掲載してはいる。

パンフレットには、最初の項目で美しい日本語の表現を用いるべきとの意見もある、と書かれている。
あの脂ぎった政治家センセイ達に本当にそんな美しい日本語に対する感性があるのか私には、解らない。

上記で、私が思いあったったのは、三島由紀夫の「文章読本」だ。

文章読本 文章読本
三島 由紀夫 (1995/12)
中央公論社

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 文章読本において、三島由紀夫は、日本政府が発表した、マカッサー憲法の日本語訳憲法の文章を、奇怪で醜悪な文章だと酷評している。そしてこの翻訳文が、現在の憲法の元になっていると加え、さらに、もし日本が明治時代に、占領されていたら憲法の文章も、もっと流麗な美文であっただろうとまで、書いている。
 パンフレットの記述も、この三島由紀夫の評価を念頭に置いたものである可能性は十分にある。

三島由紀夫が引用したマッカサー憲法とその翻訳文とは、おそらく国会図書館ホームページの日本国憲法の誕生の資料、「GHQ草案」「口語化憲法草案」のことだろう。(テキストの表示をクリック)
 奇怪でグロテスクかどうかは知らないが、たしかに、芸のない直訳文だ、位のことは言われても仕方のない文章だ。そして現行の日本国憲法の前文も、多少の語句の変更はあるものの、ほとんどこの「口語化憲法草案」の文面を踏襲している。

しかし三島の憲法の文章に対する評価を文字通りに受けとっていいのか、との思いもある。
或いは、戦後急激にアメリカ的な民主主義社会へと変貌していった日本社会に、三島由紀夫の潔癖な復古的美意識は、ある種の軽佻浮薄な猥雑さを感じとってはいなかっただろうか。そしてそれが、戦後日本民主主義社会の方向性を最も象徴的に表象する憲法前文への生理的な嫌悪感となってあの酷評へ反映されてはいないだろうか。

安部政権下で憲法の改正が成立する可能性は十分にある。
しかし、公明党はどうだろう。憲法改正の政策的なスタンスには、自民党とは、結構隔たりがあるような気がする。なによりも、創価学会や公明党の下部組織が、本当に自民党の改正案を支持するのだろうか。あるいはこれをきっかけに公明党が政権離脱する事態に発展する可能性はないのだろうか。

だが、自民党にとっては、今が自主憲法制定の千載一遇のチャンスであるはずだ。憲法改正問題で、仮に公明党が政権離脱しても、野党の一部を巻き込んで、憲法改正を実現すべき、というのがホンネだという議員サンも結構いるのではないだろうか。

そしてそれが、次の政界再編のきっかけになるかもしれない・・・。



テーマ:憲法改正論議
ジャンル:政治・経済
 
 日経平均が一万6千円台を回復した。それに私の総資金額も450万円台を回復。今年当初は470万円台だったが、一時期は420万円台まで落ち込んでいたことを考慮すれば、ライブドアショック以降の調整局面を無難に乗り切った、という評価でよかろうと考えている。
今年に入ってからの利益確定額も、502,410円。市場が調整局面に入り、日経平均も低迷している状況下で、これだけの利益をだせたことは、十分評価してよい。
何といってもサイボウズの値動きが、一頃よりも安定してきたことが大きい。
当初私が、予想していた、日経平均が年末から来年にかけて1万7千円台をうかがう展開になればよいのだが。

ところで、先週からgoogleAdsenseが公共広告になっている。当初は、通常の広告が表示されていたのだが、突然、公共広告が表示されるようになった。そしてまだ(復旧?)していない。
もちろん、ヒットなど一日に数件ほどのサイトだから、公共広告になったからといって困ることは何もないのだが。ヒット数や表示順位といったものが、気にならない訳ではないが、SEO対策といったようなことは、ほとんどやっていないので。

公共広告になる理由はgoogleのサイトの説明を見る限りでは、「デリケートなコンテンツ」に該当するとgoogleのシステムに判断された箇所がある可能性を考えるのが普通だ。たしかに思い当たる記事がないわけでもない(二つ程)。しかしその記事を削除したところで、元にもどるという保証はない。それで最低限度の変更を。
前回の記事の内容中、

・一回だけなら、○○○て・あ・げ・る! ヾ(^-'*) うふ♪ に変更。

 もちろん、こんな馬鹿馬鹿しい姑息な手段で元に戻るとは到底思えないが、記事を削除するよりはずっとマシだ。まぁ、どうせこのブログに広告を掲載しても、山奥のチンドン屋といった状態だ。気にするほどのことでもない。それに代替広告もあるようだし。






次期総理は安部でほぼ確実な情勢になってきたら、中韓両政府が突然、妙なことを言い始めた。次期首相の靖国神社参拝について、就任後一度だけなら容認するとの提案だ。
一度だけなら? 理解に苦しむ、という程ではないが、とりあえず譲歩の姿勢を示した提案であることには間違いない。しかし何故、一度までならよくて二度からは駄目なのか、よく訳がわからないが。

 一回だけなら、○○○て・あ・げ・る! ヾ(^-'*) うふ♪

しかし、日本からは、中途半端な提案に見えたとしても、中韓にしてみれば、かなり思い切った、ほとんど歴史的な譲歩のつもりかも知れない。
安部次期政権も靖国で大きく躓き、参院選で惨敗すれば、以外に短命に終わる可能性だってないとは言えない。総裁選ロングテール組や、立候補さえ出来ない負け組み落伍者も安部政権は短命、のシナリオを何とか実現させて、ポスト安部に再チャレンジを企んでいるかも知れない。政界の権力闘争にも機会の平等は十分保障されていいはずだ。
とにかく安部は、総理就任後、早々に靖国参拝という踏み絵の前に立たされるはずであったのが、少なくとも一回は猶予されることになった訳である。

「他国に言われたから行かないと云うのでは・・・」
靖国参拝自粛に対する反論において、ほとんど謳い文句のように必ず飛び出す言葉なのだが、この言葉の裏にはまた、ある種の被害感情も潜んでいるような気がしてならない。そしてそれはおそらく、彼らが忌み嫌うあの自虐的歴史観(東京裁判史観)を日本人の国民感情に刷り込まれたことに対する報復的な感情から派生してきたものだ。

しかし、一体誰にたいする報復的な感情なのだろうか。
今更アメリカに文句なんて言えた義理じゃない。日本は戦後一貫して安保条約の庇護の下に国家の繁栄を果たしてきたのだから。そうかと云って日中戦争において日本は、加害者であった訳だから中国や韓国に報復感情を向けるのも筋違いの筈だ。

私が思うに、実は靖国神社へのA級戦犯合祀と首相の参拝は、そんなやり場のない報復的感情を浄化する儀礼的な行為でもあるような気がしてならないのだ。
そして中国や韓国の反発が強くなればなるほど、逆にその心理的な浄化作用は強くなってくる、靖国神社への参拝を熱烈に支持する人には、そんな感情のメカニズムが働いてはいないだろうか。




テーマ:靖国参拝
ジャンル:政治・経済
 最近本屋に行くと、やたら目に付く活字が靖国。そして靖国問題でかならず引き合いに出されるのが東京裁判。もともとA級戦犯合祀によって靖国問題が外交問題化し国内でも政治問題化したのだから当然といえば当然ではある。
 で、この人のサイト(S井)なんか見ると、靖国問題と東京裁判は分離不可能な同一現象と化している。
確かに東京裁判は日本に対する不当な報復裁判であった。私もこれに異論はない。しかし、この人が持っている東京裁判への報復的感情も、尋常ではないのだ。

 ほとんど怨念と化した東京裁判への憎悪の呪縛によって、靖国問題においては、完全な思考硬直に陥り、柔軟な判断力を欠いた主張に固執しているように見えるのだ。
 小泉総理の靖国参拝を「首相よ、心の戦いの衣を整えよ」って、まるで戦時中の銃後運動のような高揚感に浸りきった謳い文句で、支持を訴えている。
「認識せよ、東京裁判の日本憎悪」このフレーズに彼女の東京裁判にたいする激しい憎悪が端的に表れている。

 だが、小泉首相には、そんな東京裁判への思考的感情的な呪縛などさらさらないだろう。
おそらく、彼の靖国神社参拝は、自・他対峙的な欧米流のナショナリズムを貫く政治家を演出した結果なのであって、思想性も浅く、政治的なパフォーマンスとしての色彩が強い。

 実はS井の主張も、東京裁判史観の呪縛から逃れられてはいない、と言う点では、戦争犯罪に肯定的な自虐史観に取り憑かれた人となんら変りはない。互いに表裏一体をなす関係なのだ。
いわば彼女自身が、彼女が最も憎悪する東京裁判史観の反動形成物に過ぎないのだ。
これは、東京裁判問題では有名な某漫画家にも言えることなのだろう。

 ことさらに中国を敵対視するのも自分達(日本)は悪くない、と言いたいが為の論点のスリかえであると見えなくもない。日本は、悪くないんだからお前たち中国が悪いに決まってるじゃないか、という訳だ。でもこれではあの他罰的脅迫国家、北朝鮮の外交論理とあまり変らない。
日本は中国にODAを、と、ことあるごとに恩着せがましく言うのも変に浅ましく、逆に相手の反感を煽る結果になっていはしないか。

 私は、日本はまだまだ反省が足りないからもっと反省すべきだなどと思っている訳ではない。これまで実際には反省なんかしてないクセに、反省しているフリをしてきたことも、却って中国や韓国の不興を買うハメになっているかもしれないのだ。

 ただ、靖国参拝の問題は、もはや東京裁判の不当性を訴えるだけでは、収拾がつかない広範な政治外交問題に変化しつつあるというのも事実ではないだろうか。忌まわしい過去の呪縛から解き放たれて、もっと柔軟な発想で考え直すことは出来ないのでしょうか。



テーマ:靖国参拝
ジャンル:政治・経済
このブログで家出犬公開捜査をやったウチの柴犬・・・。
何と5日後にひょっこり帰ってきた。出て行った時よりも少し痩せているようだ。過去2回の逃亡では、県の野犬保護施設に捕獲されたのだが、今回は自力で舞い戻ってきた。悪運の強いヤツだ。

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     悪運の強い犬
 
 最近は、あまり散歩にも連れて行かなかったので、正直言ってもう戻ってはこないだろうと思っていた。だから無理には探さないつもりだった。
 きっとコイツは自由になりたかったんだ。だから、自由を求めて、ワンバヨ(アバヨ)!!と捨てゼリフでも吐いて、出て行ったに違いないと思っていたのだ。

 自由に生きるのも楽じゃないってことに気がつたか!

 鎖に繋がれていても、帰巣本能は失っていなかったようだ。と言うワケで帰巣本能について調べてみようと思い、yahooでワード検索をかけてみたら、犬じゃなくて、酔っ払いの帰巣本能について書かれているサイトの多いこと。私は動物の帰巣本能について調べてみかったのに。いまさら酔っ払いの帰巣本能など調べなくても、自分の身体でイヤになるほど体験済みだ。

 ウチの職場の同僚は、飲みに行く時、メモリ機能付きの万歩計を持って行くのだそうだ。翌日そのデータをパソコンに落とし込み、歩いていない時間帯をチェックする。それで、覚えていなくても、何店ハシゴし、何時に店に入り何時に出たのか解るそうである。
 近頃は酔っ払いもハイテク化してるようだ。
 しかし何処の店に行ったのか解らない以上、そんなデータもあまり意味はないと思うのだが、ああも自慢げに話されると、つい迂闊にも、へぇ、と感心してしまう。

 自分では半年ぶりに寄ったつもりの飲み屋で、ママから、「○○さん、おととい、だいぶ酔ってたね」と言われた時の情けなさ・・・。
 家出犬が帰ってきた話の筈が酔っ払いの愚痴になってしまった。

 こんな飼い主だから、アイツも何度か愛想つかして出て行ったのかも知れぬ・・・。

 





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