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 日銀の福井総裁は辞任すべきか。小泉総理や政府高官が福井総裁を援護すれば、野党四等は、この問題を幕引きさせずに責任追及を強めていく構え、とそんな状況なんでしょうか。
 私はこの問題は実に簡単に捕らえているんですが。もし法的に問題なく日銀の内規にも抵触していなければ、辞任の必要はなし、を支持します。

 しかし、道義的に問題があり、辞任すべきだ、という批判もかなり強いようですね。福井総裁の株取引や、政府高官の擁護論に対する反感も根強い。この問題が多くの国民の道徳的な感情を逆なでしていることは間違いないようです。

 しかし何故同義的に問題なのでしょうか?
 私には、この反感は、二層構造になっているのでないかと思える。
 まず現職の日銀総裁という立場でありながら、株取引に手を出していた、ということへの反感。そしてさらに上乗せされたのが、おまけに利益は2倍以上になり、日銀総裁のクセに儲けすぎたことへの反感である。

 これに村上ファンドへの資金提供、当初過少申告していた事実の発覚等がも重なって福井総裁への反感はさらに水増しされ、株取引の利益以上に膨れ上がった。

 格差社会と云う言葉が独り歩きを始め、国民の漠然とした不公平感が醸し出されるなか、その勝ち組への妬みと反感は、この事件をきっかけに日銀総裁というスーパーエリートへと矛先が向かう。
 福井総裁辞任すべしの主張には、こうしたある種のルサンチマン的な反感が、潜んでいはしないだろうか。

 そう、法や日銀の内規に抵触していなければ、辞任する必要などない。もちろん福井総裁が自らの意思で辞任を決断するのなら、いたしかたないだろう。
 しかし、野党民主党もこの問題をネタにして自民党と小泉政権の足を引っ張ろうという下世話な魂胆がミエミエだ。民主党の追求に屈するような形で不本意ながら辞任に追い込まれるような展開にはなってほしくないのだが。

 ゼロ金利解除のタイミングなど微妙な問題も控えている時期なので、この事件も早く収集へ向かって欲しいものだ。



 たしかに昨日あたりから、すこし変だと思ってはいた。右足の甲がじくじくと痛む。それでも息子のサッカーの大会があったので、試合を観戦していた。
 夕方、家族4人で食事へ出かけた。その頃には少し痛みも強くなっていた。
 その時私は思っていた、ああ、ひょっとしたら痛風始まるかなと。
 にも関わらす私は、生ビールをジョッキ2杯も飲んでしまった。夜中午前零時過ぎあたりから、痛みは徐々に激しくなって、朝には他って歩くこともできない状態になった。

 仕事も休むハメに。今病院から帰ってきたところだ。朝、妻に痛風の発作がでたことを話すと、「あれ、まぁ」と一言ってさっさと仕事に出てしまった。

 ほんとうこの病気ほど他人から同情されない病気はない、と改めて痛感した。



 ニートは、対人地雷だ、ニートの社会進出に伴う経済的損失という暴論を展開するこのサイト、藁苞屋●平八
 ニートは不良労働資源である、との前提に立った暴論だが、良し悪しはとにかく面白い。
 それで私も同じ前提でニートの感想を。
 バブル崩壊以後、企業は過剰在庫、過剰設備、過剰人員に苦しんでいた。
 それを厳しいリストラにようてそぎ落とし、業績回復につなげてきた日本企業。そこにおびただしい不良労働資源が発生するのは当然のことかもしれない。もちろんニートは企業からリストラされた人たちではない。
 しかし企業のリストラによって雇用されている人々でさえ、失業の憂き目にあっているのだから、未雇用の不良労資源たるニートに企業が手を出すワケがない。そんな過剰在庫を抱え込んでは業績回復の足を引っ張るだけだから、必要ない。
 また、ニートの方も、労働意欲の欠如した人々だろうから自分から企業に売り込みはかけないのだろう。 
 つまり、そこには基本的に需給関係が存在していないわけだ。

 企業内に蓄積できない余剰不良在庫品は、当然行き場を失い社会全体に蔓延することになる。 
 やはり、ここは企業業績の、そして日本経済の回復のために社会全体で、余分な不良在庫を抱え込むのも一つのテか。
 ニートと企業双方の意思を尊重するならば、それもいいかもしれない。

 それに、日本社会に、まだこれだけの余剰労働資源の在庫を抱え込むだけの経済的キャパシティがあるとは、日本もまだまだ捨てた国ではないのかも。世界に名だたる借金国家の底力を見せて欲しいものだ。

 ニートの社会進出対策を推進するのも結構なことだが、ニートが存在するのは、それなりの理由や原因があってのことでは。存在する必要性があって存在しているのかもしれない。
 性急に事を進めるのは賢明ではない、という気もするすのだが。
 ニートが増えて、町中に泥棒や物取り強盗が横行したという話も聞かない。結局彼らは、働かなくても食っていける、非常に恵まれた人たちなのである。 


 



ゴールデンウィークの話だ。久しぶりに家族旅行で、花巻温泉に行った。花巻と云えば、宮沢賢治。当地は、宮沢賢治の記念館もあり、観光名所となっているようだ。
 ただ一人の(と言っては失礼かもしれないが)文学者でこれほどの観光名所、村おこしになるのですね。しかし、花巻は温泉だけでも最高の観光地だと思います。ああ、露天風呂よかったな。
 それに、なんとこの時期に桜が満開でした。

花巻 満開の桜

    温泉地の満開の桜

 
 宮沢賢治で私が読んだのは銀河鉄道の夜の夜くらいだ。
 幻想的、というよりも夢想的と形容したほうがいい作品なのでしょうか。
 宮沢賢治は、羅須知人協会なるものを設立して、農民の啓発に努めたようだ。おそらく、作風だけではなく、実生活においても夢想的な理想主義者的傾向は強かったのでしょう。

 岩手には、一人の文学者で観光名所となったのではなく、一つの著作によって観光名所になった所もあります。そう、遠野です。もし時間があれば、遠野まで足を延ばしてみようと思っていた。
 学生時代に読んだ「遠野物語」。印象深い著作だった。私はこの著作を民俗学の著作というより、ほとんど文学作品として読んでいた。

 奥深い山々に広がる怪異の世界が、日常の生活と何の境界もなく渾然一体となって人々の生きる現実を包み込んでいる。
 それは、今、私たちが生きている日常とは、およそかけ離れたものなのかもしれない。

  この書物を私が読んで感じるのは、さまざまな怪異現象によって、異界へと通ずる自然へ人々が抱く畏怖の念だ。そして、このような、ほとんど一種の信仰に近い、原初的な恐怖感こそが現代人から失われたものではないだろうか。
 アニミズムのような原始宗教の信仰の根底にはこうした、自然への原初的な恐怖感が存在するのではないかだろうか。



しかし、遠野は私が本で読んだイメージとは違っていた。私のイメージしていた東北の厳しい自然の懐に抱かれた奥深い山村は、今では、賑やかな観光地となっていた。
遠野の町並み

     遠野の町並



 サイボウズが一部昇格です。しかし、昨日今日と値動きは冴えない。
 まぁ、お祭りがすんでここからが適正株価を探る展開になるんでしょうね。今のところ、私の損失は全て消滅。わずかながら含み益が乗っている状態です。しかしこの銘柄、結構乱高下しますので、まだ利益があるなと云える状況ではありません。 



 北朝鮮がテポドンに燃料注入を始めたそうだ。
 行き詰った六ヶ国協議と対米交渉で、突破口を開き主導権をにぎるのが狙いと、マスコミは報じている。
 しかし、北朝鮮もここまで徹底して強気に出ると、あとは引くに引けなくなって、ヤケクソで本当に発射してしまうのでは、と、そんな懸念も抱きたくなる。

 引くに引けないところを敢えて引く以上は、それなりの成果は必要だろう。日米や国際社会の圧力に屈して、一度抜いた刀を引っ込めたという印象を国際社会に与えるるのは、北朝鮮としてはなんとしても回避したいところではないだろうか。
 そう、ここは何としても、刀を引っ込めた、ではなく、刀を収めてやったんだ、と、自国民や国際社会に対し声高らかに宣言したいところだ。


 何故こんな論調で北朝鮮の暴挙を形容したくなるかといえば、北朝鮮ほどメンツや対面にこだわる国はないのでは、と感じるからだ。
 これは私だけでなく多くの人が感じていることだと思う。

 だが、北朝鮮はどうしてこれほどまでに、自国の対面やメンツにこだわるのか。
 ひょっとしたら、膨れ上がった対面やメンツの内からの圧力となっているのは、張り詰めるよおうな危機感だではないだろうか。
 常に体制崩壊と経済破綻と隣り合わせで権力を維持し続けなければならない金正日体制の、内部に充満する危機感は、並大抵のものではないのではないだろうか。

 小泉総理、麻生外相は、もし北朝鮮がテポドンを発射した場合、日米と協議の上、厳しい措置をとることを明言している。  
 しかし、北朝鮮の伸るか反るか、イチかバチカ、の大勝負に較べればどこか危機感が欠如しているとの印象は拭えない。 
 想うに、ミサイルを発射すると威嚇しているのは、北朝鮮の方なのに持っている危機感は日本よりも北朝鮮のほうがはるかに高いような気がするのだ。

 この日本の政治家に感じる、ある種の危機感の欠如は、対北朝鮮だけに限ったことではない。日中関係にもあてはまることではないだろうか。

 靖国神社参拝にしてもそうだ。その是非はともかく、中国の過敏な反応に対する小泉総理の発言には、国家間の緊張に対する、ある種の鈍感さと危機感の欠如が反映しているのではないかとと思うことがあるのだ。

 イラクへの自衛隊派遣の際の小泉総理の国会答弁もそうだ。
「どこが戦闘地域でどこが非戦闘地域なのか、そんなこと今の私に聞かれてもわかるわけがない」
「自衛隊が派遣された場所が非戦闘地域だ」
といったような趣旨の発言を繰り返しています。
 こうした答弁に、私は、ひらきなおり、というよりもむしろ、国家の指導者として備わっているべきリスクマネージメント、危機管理意識の希薄さをむしろ感じてしまう。


 日本社会のグローバル化。教育基本法改正の論議において中教審は愛国心の育成を強く求めている。

 しかし日本国民に欠如しているのは、実は愛国心などではなく、国が成り立っていくうえで必要な危機認識と危機管理の意識ではないだろうか。
 
 



 サイボウズが、なんと4日連続のストップ高。激しい上昇です。実は昨日、成行注文でまた、一株買い足しました。今現在4株保有。
 大変少ないですが、4百数十万という私の零細資金では、これが限度です。
 
 平均取得単価を下げよう、との思惑からの買い注文です。これで平均単価は10万円台。一時15万円ほどあった損失もあとわずかで解消します。

 しかし、この一方的な上昇は、ひところのような急激な上昇への過剰な期待感によるもの。また、yahoo掲示板の噂がたしかなら、仕手筋の介入も原因となってくる。
 喜んでばかりもいられません。

 投稿ランキングも上位に顔をだしてきました。今後、売りと買いが激しく交錯し価格が乱高下するような展開になるかもしれません。正直言って先の値動きは、読めません。
 今日の東証一部昇格銘柄の発表にもとりあえず注目。
 



 yahooの掲示板覗いていると、サイボウズに仕手筋が絡んでいるとの情報が流れている。
 これまで私は、仕手株と高PERの株には手を出さない、という方針でやってきたのですが。
 今回は、自分に課してきたタブーを両方とも破ってしまう結果になりました。あまり深入りはしたくない。さりとて今逃げるのも癪です。仕手筋さんのカモにならないようにしっかり腰をすえませう。


 ところで、サイボウズは本当に成長性があるのでしょうか。
 私が利用しているE・トレード証券と大和證券の株式情報では、ともにサイボウズの成長性の指標は満点となっています。しかし、一方では、サイボウズの主力事業であるグループウェアは成熟市場で、この分野の成長鈍化はさけられない、との見方もあるようです。
 ホームページでネット配信されている決算説明会において、青野社長もその点は認めています。

 昨年からサイボウズは、積極的なM&Aによる事業の多角化を急速に進めています。グループ会社の増加による収益の拡大と事業間のシナジーによって、あらたな成長のステージへとシフトしてく。それが今後の経営戦略となっているようです。

 しかし、一連のM&Aの影響でしょうか、有利子負債がかなり増えているようです。
 自己資本比率も80%台から50%台に低下しています。
 増加した有利子負債がどの程度収益を圧迫するのか素人の私には皆目検討がつきません。しかし、流動比率は、1.8〜1.9程度、それほど悪くもないような気もします。
 また、自己資本比率が50%台というのも、まだ決して悪い数字ではないと思います。

 いずれにせよ、サイボーズが第二創業期と位置づけているように、思い切った先行投資、他に先駆けた事業の多角化とシナジーの構築によって成長性を維持しようとしている姿は見てとれるような気がします。

 しかし、その成長シナリオは、順調にすすんでいくのでしょうか。

 ITネット関連の分野は新規参入も激しいでしょう。
 現状維持などありえない。成長しつづけていなければ、生き残れない。それがこの分野の過酷な現実なのかもしれません。

 ひょっとしたら、ライブドアの堀江社長もまた、この同じ土壌で成長企業を演じ続けなければない、という強迫観念に押しつぶされ、結局は道を踏みはずしてしまった犠牲者なのかもしれません。
 
 
 ところで、Web2.0って何だ! 今本買ってよんでます。



 



 5年ほど前から会員制のスポーツジムに通っている。利用するのは週末が多いのだが、結構心身ともにリフレッシュできる。
 帰りに近くのショッピングモールの2回の広場のテラスでコーヒーを飲んだ。そこにいる人々を眺めていた。
 梅雨の頃なので、湿った風だが、妙に心地よい。ふと、以前の人間関係のトラブルを思い出した。そんな時は怒りの感情が湧いてくるのだが、その時は、不思議と湧いてこなかった。

 喜怒哀楽。気がついてみれば、私に長い間湧いてくることがなく、
 忘れかけている感情、それは哀、哀しみだ。歳のせいか・・・。



 サイボウズがなんと3日連続のストップ高です。
 また年当初の急進が期待できるのでしょうか。楽しみです。
 
 私が、IT関連の銘柄を買ったのはサイボーズが初めてです。もちろん成長分野ですので、魅力を感じていなかったわけではありません。しかし、以前から私には、ITネット関連の銘柄は、市場の株価においてその成長性ががやや過大評価されてはいないか、という疑念がありました。
 それでいつも結局は二の足を踏んで手をだせませんでした。
 まぁ、おかげでライブドアショックの時もそれほど大怪我をせずにすみましたが。


 あのソフトバンクも、自己資本比率は、10%台、有利子負債は、8千億円を超えています。なのに、年当初から約半分に急落した今現在の株価でさえ、PERは40倍台ですし、PBRも10倍超えてます。常識的にはどう考えても割高です。
 それでも、株価の上昇を支えるには、それを上回る成長力がこの企業にあるか、それが問題となってくる、と私は思うのです。

 さて、サイボウズには、ここ数日の急激な株価の上昇を支えるだけの成長力がはたしてあるのでしょうか。厄介な問題です。企業の数ある財務や業績の指標で成長性ほど評価が困難な指標はないと思うからです。
 特に私のような専門的な知識も情報源も持っていない貧乏な個人投資家にはなおさら、困難な問題でしょう・・・。

 
 


 



 サイボウズが二日連続ストップ高!!
 私の保有銘柄の一つです。株式分割後に時に買ったのですが、現在まだ損失となっています。
 
  ライブドアショックと株式分割以降この銘柄は大きく値を下げています。それで値ごろ感がでてきたのではと思い、わずかではありますが買いました。
 しかし、そこで私はいかにも素人、という勘違いをしてしまいました。

 決算広告で一株あたりの利益をみたのですが、平成18年1月期の数字を拾ってしまったのです。そう、株式分割による調整前の数字です。 そのとき株価は12万円台。その数字で素直に換算すれば20倍台になります。決して割安とまでは言えませんが、IT関連ならば、割高ともいえないと思って買っていまったのです。。
 もちろんその時私はサイボーズが株式分割を実施していたことも知っていたのに。
 にも関わらす、よく注意もせずに買ってしまいました・・・はぁ。

 しかし、後からその決算広告よく見ると、一番下に(参考)とか※とかつけて、19年1月期の一株利益715円なんて書いてるではありませんか。もっと大きく目立つところに書け!!

 といっても、決算説明会の資料よむと結構目立つところに大きくかいてある。その数字で私の買値をPER換算すると、なんと100倍軽くこえてました。
 株価は下がり続け、8万円台で一度ナンピンいれました。しかしそれから、またさらに下がり続け・・・・。

 私が、これまで大きな損失をださずにある程度の利益を確保できたのは、もっぱら低PERの銘柄だけを物色し、高PERの銘柄にはどんなに銘柄惚れしても決して手をださなかったからでは、ないかと思っています。

 低PERは、上値余地が大きい、というばかりでなく、下値リスクも小さい、と考えていたので。

 しかし、業績の上方修正を追い風に、二日連続のストップ高。がんばれ、サイボウズ!!


 

 



 



 テレビでの番組で見たのだが。
 犬が人の息の臭いで初期の癌を発見するという話題だ。マリーンと云う名のラブラドールレドリバーです。
 実際の初期癌患者の息のサンプルを使用した実験で、なんと子宮ガンとすい臓癌の初期患者の息を識別した。
 そして、乳癌患者の体臭で癌を識別する機器の開発で癌患者の臭いを特定する研究でマリーンが一役買った、という内容だった。

 犬が識別する癌疾患。実際の医療現場で活用されることがあるのでしょうか。私としては、直接の診断には使えないとしても、スクリーニング位には、十分使えるんじゃないかと思ったのですが。
 しかし、医療機器として認知された機材を使用したうえでの診断ではないかぎり、その根拠と客観性が厳しく問われるかもしれません。
 それに衛生面にも問題があるかもしれません。
 

 実はこの番組を見て思い出したことがある。
 私の母は離島生まれで、成人するまでその地で過ごしたのだが、その母から、聞いた話だ。
 近所に住む親戚の老婆が病で床に伏せっていた。それからしばらくして、庭の木にカラスがたくさんとまるようになった。その老婆は、その光景を非常に気味悪がったのだそうだ。この地の昔からの言い伝えが原因だった。
 それは、カラスは人間の死期が解る。
 その老婆は、それから、間もまく死んだ。

 カラスには予知能力があるのか。いや、そんなことはないだろう。おそらく、人は死期が近づくと、その時すでに、死臭を発しているのではないだろうか。
 そしてカラスはその臭いを嗅ぎ分けて集まってくるのではないだろうか。

 ひょっとしたら、いつか生きた人間の死臭を嗅ぎ分ける機械が開発されるかもしれない。そしてその機械が末期医療の現場で広く使用される時がくるのかもしれない・・・。





 



 ちょっと前の話だが、私の行きつけのスナックで以前働いていた女性にあるスーパーの前でばったり出くわしたことがあった。昼間だった。 私は声をかけようかと思ったが、彼女は私には気づかず、そのまま通りすぎていった。それともシカトしたか。
 その後スナックに寄ったときママに
 「この間ユミ(としておこう)に会ったんだがシカトされてね」と話した。
 ママはそれはおかしい、と言った。
 「店のお客さんでユミの知り合いの人が彼女は去年死んだ」といっていた」というのだ。
 私は、いや間違いなく彼女だった、と主張した。

 その時、しばらくママからユミの話をきかされたのだが、以前店の客で彼女と結婚を約束したという男が、彼女が辞めた後もたびたび店に来て彼女の行方を尋ねていたらしい。しかし彼女にはそんな気はぜんぜんなくただ、単にウソで結婚してもいいと言ったらしい。しかし、相手は真に受けていた。
 ユミは、私の酒の相手をしている時、よく「私には霊が見える」と言っていた。「あそこのカウンターの席によく男の霊が座っている」、と言うのだ。
 私は、最初まじめにとりあわなかったのだが、彼女は「本当よ」と涼しい顔で事もなげに言うので、逆に真実味があり、ひょっとしたら本当に、と思ったものだ。
 ママにそのことを話すと笑いながら、「あれはウソよ」と言った。
 そう、彼女はそんな小意地の悪いウソを平気でつく小悪魔的なところもある女だった。もしそれがウソなら。

 その後店に寄った時また、彼女の話になった。
  ママはユミの知り合いの店のお客さんに、きいたらやはりユミは死んだと言っていた、というのだ。
「だから、ユミが死んだというのは多分間違いないと思うよ」
 私は反論した。
「そんな筈はない。じゃ、あれは幽霊だっていうのか。一体どこの世界に真昼間からスーパーの買い物袋ぶらさげて歩く幽霊がいるんだ」

 結局、真相のほどは解らない。しかし私はあの時見たのは絶対ユミだった確信している。

 もしそうだとしたら、どんな可能性があるだろうか。
 1.やはり彼女は幽霊だった。
 2. 実は彼女には双子の姉妹がいた。
 3.あの時あの場所で、突然時空間の歪みが発生し、一瞬過去の彼女がタイムスリップしてきた。
 
 うーん、ホラー、コメディ、SF,とジャンルは一応揃ったが。だがどれも真実味がない。

 特に、もし彼女が幽霊だったら、私にとっては少々やっかいなことになる。
 何故ならもし私が往来でいくら幽霊を見たとしても、幽霊だとはまったく気づかない、ということになるからだ。
人ごみの中ですれ違う人の10人の内2人位は幽霊だったとしたら。
 或いは、私は幽霊に恋をしたり、酔っ払って幽霊にカラんだりもしていたかもしれない。

 ま、それでも平穏無事な生活が送れるなら、それもいいでしょ。
 



 日経平均がとうとう1万5千円台を割った。冴えない展開だ。
まるで、やがては訪れる景気後退局面まで織り込み始めているのかとさえ思わせるような値動き。
 年内1万6千円台を維持し、年末に1万7千円台をうかがうような展開になれば、と思っていたのだが。自分の希望していたような展開にはならないようだ。
 私の保有銘柄も全体的に下げ基調になっている。
 去年に膨らんだ含み益のたくわえがあるので、まだ損失はだしていないのだが。しかし、当分は大きく利益をのばすのも、難しそうだ。 
 辛抱か。すこし売って現金の保有比率あげといたほうがいいのかな。



 先日、ちょっとヒマがあったので、ダヴィンチ・コード見てきました。
いくつかダヴィンチ・コードについて書かれたブログ見てると評判はさまざまなようです。
 大雑把に言えば原作を読んだ人には評判がよくて読んでいない人の評判は芳しくない、というところでしょうか。
 私も原作は読んでいないし、キリスト教の歴史についてもそれほど知識を持ち合わせてはおりません。という訳で私もそれほど面白いとは思いませんでした。
 実は、キリストには子孫がいた。そしてダヴィンチもニュートンも子孫を守る役割を担っていた。そして聖杯と聖棺の謎とき。
 こういうテーマは、大真面目にやればやるほど荒唐無稽になってくる、と思うのは私だけなんでしょうか。
 ストーリーの展開は実にテンポがよく退屈はさせないのですが、こういう壮大なテーマを歴史考証的に取り扱っていく重たさを考えれば、そのテンポのよさもむしろ、軽くて上滑りに思えてきます。
 終わり方もやや唐突な感じがします。
 また、最後のオチも、そんなところにオトしていいのって感じもすこししたのですが。
 やはり原作読まないと楽しめない映画なんでしょうか。だからといっていまさら原作読む気にもなれないし。
 私の職場にも原作読んでから観に行くつもりだ、と言う人はいますが。

 昔、新婚旅行でパリに行った時、ルーヴル美術館に行った。
 数あるダヴィンチの作品の中でモナリザだけを特にもてはやすのは日本だけなのでは、と勝手に勘ぐっていたのだが、そうでもなさそうだ。
 一度盗難に遭ったという事情もあるのだろうが、モナリザだけがガラスケースに収納されていた。そしてその周りを大勢の観光客取り囲み、黒山の人だかり、といった状態だった。
 すぐ隣には洗礼者ヨハネが展示されていたのだが、その前には誰も、いなかった。私はこの絵も好きなのだが。




 ポスト小泉は、安部、福田に絞られてきた、というのが一般的な見方になっているようですね。
 安部シンゾウーさんを支持する議員が、再チャレンジ支援議員連盟を結成したそうで。機会の平等、安部は、以前からそう言っていたので再チャレンジ推進会議もその趣旨にそったものなんでしょう。
 
 機会の平等は、小泉政権のもとで拡大したといわれている格差社会への批判をかわす重要なキーワードなのでしょう。競争社会を健全なのもとして肯定し、なおかつ負け組みの不満を封じ込めるためには、なかなか都合のよい考え方のようにも思えます。
 そこでアメリカ社会では、一度失敗した経営者がその後成功したという事例が多々ある、という話が続いてきます。

 しかし、どうすればそんな社会が作れるのでしょうか。実効性ある具体的な政策をということになるとなかなか困難な問題ではないでしょうか。
 また、この考え方の根底には、欧米社会への行き過ぎた同化志向も伺えるのではないしょうか。いわば、政治政策の世界にグローバルスタンダード的志向を無造作に適用したものだと見えなくもありません。
 
 実質的に小泉首相が、推していると言われている安部。
 ならば政治手法も小泉にちかいのかも知れません。
小泉総理は従来の派閥間のバランスに依拠した根回し的な政治家とは違い、欧米流の大統領的な一極集中の強権政治を志向していたように思えます。

 靖国神社の参拝にしても、多分、復古礼賛的な歴史認識の上に立ったものではないでしょう。私にはむしろ、小泉総理の靖国参拝もやはり自・他対峙的な欧米型のナショナリズムを演出した結果なのではないかと思えるのです。
 
 しかし、それが中国や内外のメディアから日本の歴史認識の再評価の政治的意図の表れと受け取られたとしても、小泉総理に、全く責任がないとは言えないのではないでしょうが。

 安部が小泉政治の後継者と見られるのも、政策内容の類似性もさることながら、両者が志向する政治スタイルの類似性にもよるのではないでしょうか。

 教育基本法の改正において愛国心が強調されるのも、その目的は、戦後の日本社会から失われた愛国心の復活と云うよりはむしろ、世界標準(実は欧米標準)としての愛国心を育成することによって、日本社会のグローバル化に対応する欧米型のナショナリズムの確立にあるのでないでしょうか。
 
 そして、その水脈は憲法の改正の議論にも深いところで繋がってはいないでしょうか。

 最後に安部と福田どちらに次期総理になってほしいか。
 私は福田です。安部シンゾーはそのマスクの良さ、主張の解りやさ、で支持され、何よりも顔のはっきり見える欧米的な政治家なのかもしれません。
 しかし、私は従来の日本の総理大臣によくあるタイプ、つまり顔のよく見えない解りにくい総理がまた出てきてもいいんじゃないかと思っている。

 あのしたたかな中国と外交問題で渡り合うためには、解りにくくて懐が深い政治家の方がむしろいいのではないかと。
 
 もちろん福田がそのタイプの政治家なのかは私には、判然としません。
 しかし、女性や若者に人気のあるのは安部でしょうが、私のようなへそ曲りのオジサン達の好みは、やはり福田サンではないでしょうか。



テーマ:格差社会
ジャンル:政治・経済
村上氏が事情聴取される。株式市場に与える影響についてもyahooファイナンスの掲示板あたりでで取りざたされているが、ライブドアショックのような全体的まな影響はないだろうと思っているが。しかし、個別の銘柄ではあるいは影響あるものもあるかも知れない。
 でも、だいぶ以前に、名前は忘れたがある有名な週刊誌に、ホリエモンにニッポン放送株の買占めの話を持ちかけたのは、村上氏だと書かれてたのだが。
 その記事によると、村上氏は最初、楽天の三木谷社長に話を持ちかけたが、いい返事が得られなかったので、次はライブドア堀江社長に話を持っていった、とそんな事が書かれてた。記事を書いた人の名前も忘れてしまったのだが。
 名は忘れたが有名な週刊誌だった。何故今頃インサイダー取引の疑惑なんて話になるんだろうか。




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